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2016年7月27日 (水)

この3ヶ月以上ブログを書いていなかった。父親を去年の8月に高齢者住宅に入居させてから穏やかな日々を送っている。たまに飲んではいるけど、入院するほどではない。この間にあったことを写真として残しておこうと思う。
Kimg0425_3 7月 LOUIS VUITTONの美人マキちゃんに招かれてゴチ(笑)

Kimg0435 7月 山中湖ホテルマウント富士…絶景ポイントなんだけど見えなかった

Kimg0455 7月 山中湖で富士山ソフト~♪

Kimg0262_2 6月 三浦海岸へドライブ 久しぶりに横浜横須賀道路を走った 

Kimg0459 5月 秩父へドライブ 岩魚の食べ方へったくそだね~(笑)

Kimg0168 4月 伊豆熱川 30年前から家族で行ってた熱川大和館 部屋から見える景色

Kimg0170 4月 熱川帰りの真鶴道路…ド渋滞 トイレもド混雑

Kimg0104_2 3月 箱根へ2泊ドライブ ガラスの森美術館…こんなところが大好き

Kimg0103 3月 箱根からの帰りに寄った御殿場アウトレット
Aquascutumのオレンジ色ジャケットを購入。どこへ着て行くんだ(笑)というわけで生きてます。yukiちゃんのお休みの日にはponがもれなくついてくる~♪ 遊んでばっかりだね。

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2016年3月30日 (水)

4028113 最近思う。

神仏を敬い、守護霊様に感謝する。そして、人様に感謝し、優しく接して、思い上がることなく謙虚に生きていく…。人は生きているのではなく、生かされているのだということだね。今さらながら、すべてにありがとうございますの気持ちを持たなければと強く思うようになった。この感謝の気持ちで生きていけば、この先悪いことはそうそうないだろう…と思う。

哲学でもやるか…それとも死が近寄ってきたのかな(笑)

2016年3月 9日 (水)

1648520 前回の記事を書いてから放心していた。あれがすべてだなと思う。父親は俺を頼りにしながらも邪険に扱い、言うことは聞かない。振り回されてきた。そしてスベってきたが、周りの援護射撃に助けられてきた。主治医は言う…究極のわがまま。yukiも同じことを言う…面倒の見すぎ。でも、そうなのかなぁと思うところが病気なんだろう。唯一の肉親。大事にして何が悪いのかと今でも疑問に思っている。悩みと悲しみは深い。高齢者住宅に入れても、面倒を見なければならない。手間がかかる。俺はああなりたくないが、捨てるわけにもいかない。葛藤のなかで生きているけれども、またまた酒に手を出してしまった。やるせない気持ちを紛らわせるために酒に逃げてしまった。幸せはすぐそこまで来ているのに、自ら命を削るのは何故だろうかと思う。なんともはや情けない。


主治医は言う。「スリップしても何度でも立ち上がればいいだけよ」

そうだね…「また、立ち上がるとするか」


ところで、ヴィトンに行くとコーヒーが出てくるようになった(笑)販売のキレイな女性と仲良くなっちゃったからね…てか俺って何様かと思う今日この頃と記録しておく。

Kimg0150 これが父親の一週間分のお菓子、アイス、飲み物…一回あたり約5.000円(笑)毎週買い出しに行く。タバコをやめて、酒も一人では買いに行けないから飲めない。これらは数少ない楽しみの一つなんだろう。だから黙って買いに行く。

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2016年2月 3日 (水)

5588714 「ほうれ見ろ」「一人じゃな~んもでけんくせに」「やって見ろ」「でけんだろう」

父親はことあるごとにこう言い続けた。酒臭い息を吐きながら毎朝と週に4日の夕食の用意をさせる俺に言い続けた。その言い方は嫌味たっぷりだった。そしてそう言われて俺はスベッて来た。

こういう言い方はない。けれどもある。酒脳。酒に犯されて脳の回路が変質してしまったことを指す。感情のおもむくままに負の言葉を吐き散らす。行動と暴言…これに耐えてきた。主治医は言う。「貴方は回復が難しいケース」「一人だけの問題じゃないからね」そして、俺の酒は父親の酒に原因があると指摘してきた。言わば巻き込まれてきたわけだ。

でも、やっとわかった。父親に接するときは気を付けることにした。電話もそう。高齢者住宅を訪問するときもそう。必要最小限にとどめ、長話をしない。長居をしない。そして甘い顔はしない。これで自分を守ることができるだろう。頭ではわかっていても行動することができなかった。心と体の自由を束縛されていた。

なにかあればお金で解決し、暴言はそのままだった。9年間苦しんできた。今はレグテクトとノックビンをODしながら、やり過ごしている。今の父親は俺に入院されるのが一番恐ろしいことなのだ。面倒を見すぎと言われながらもここまできた。自分の体を犠牲にしながらもここまで来た。亡くなった母親に守られ、断酒1か月はクリアできるだろう。

しかし言うもんじゃない。「ほうれ見ろ」「一人じゃな~んもでけんくせに」なんて息子相手とはいえ、吐くもんじゃない。父親は本当に一人じゃ何もできなくなった。いや…一人で生きてこれなかったのは父親ではないだろうか。父親の酒は母親を巻き込み、俺を巻き込んで、人生を狂わせた。仲は良く、暴言の類は一切なかったが、代わりに、その矛先は俺にむいた。主治医は言う。亡くなった母親は絶対父親を許していないはずだと。やはりアルコール依存症は家族を巻き込む病だと言えるんだろう。

 

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2016年1月28日 (木)

Kimg0094 僕ビー13才。左はモー5才だったかな。

兄ちゃんは断酒3週間を超えました。

いつも読んでくれてありがとう。

マタネッ ☆':.*^”ヾ(0⌒∇⌒0)ゞ^*.;'☆ マタネッ


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2016年1月10日 (日)

4448021 入院の力を借りずにやる。難儀な病気であるアルコール依存症に立ち向かう。それには武器がいくつも必要だ。何が武器になるだろうか…。思い出してみた。9年前のアルコール病棟への入院時…お風呂は一人ずつ入る形だった。だから一日に朝から6回も7回も入っていた。飲めない環境にあれば、あれは飲酒欲求を散らす効果があった。幸いにして無職。それを始めた。朝だろうが、深夜だろうが入る。効く。

そして炭酸水。無糖コーヒー。無糖カフェオレ。手元に置きながら
、一日何本も飲む。そしてタバコ。なかなか手放せないが、仕方ない。そして睡眠薬は欠かせない。クリニックでは2種類しか出せないというので、他のクリニックを開拓し、処方してもらうことにしようかと思っている。良くないことだろうが、2カ所から出してもらう作戦。そして忘れていたがレグテクト…一日3回と言わずに服用する。少しは効果があるらしい。

一番大きかったストレスの元凶は父親との同居だったが、高齢者住宅に入り、今はいない。頻繁に呼び出しされるが、以前よりはるかにマシ。これは大きい。

そして最近はyukiのマンションに泊まることが多い。彼女といると飲みたくない。彼女の前で抗酒剤を飲まされる。そして可愛い犬がいる。癒される。これも武器の一つになるだろう。

車いじりとドライブはいい気分転換となる。まだまだ探す。飲酒欲求を散らすことはなんでもやる。ただ…暇はよくないみたい。断酒4日目成功。最初がキツいことはわかっている。だからブログを書く。これも自分にとって効果がある。

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2016年1月 7日 (木)

2901483 今は1月7日 夜中の3時。昨日から断酒を自力で始めた。もう、入院寸前だった。8日に病院での面談が決まっていて、そこで入院の可否がわかることになっていた。今回はストレスケアではなく3か月コースのアルコール病棟。5日のクリニックでの診察で主治医に勧められた。

しかし、よく考えてみた。アルコール病棟に入院してから9年目に入るが、スベっては入院を何度か繰り返し、断酒のきっかけをもらってきた。そこには安らげる精神病院があるから大丈夫という甘えが存在していたことに、ようやく気が付いた。これではいけない。退院したら後は自力となるのだから。そして入院費を自腹で払ったことは一度もない。全部保険金で賄い、しかも大金を儲けてきた。安くはない入院費を払い、3か月も入ればかなりのお金が手元に残った。そう…入院太りをしてきたのだ。これも簡単に入院を決めてきた理由になるだろう。

自力での断酒が成功するかどうかは全く持ってわからない。連続飲酒や発汗、手の震えなど一切経験がないからかもしれない。「あなたはお酒を甘く見てる」…主治医に言われてきたことだ。でも今回はやれるところまで自力でやってみようと思う。もう自助会とは6年も7年も離れてきたことだが、基本に戻り、通院・自助会・抗酒剤の三本柱を守ろうかと思う。昨日、病院の臨床心理士に面談のキャンセル電話を入れた。そしてノックビンを3包服用した。かなり効いていることだろう。毎朝、服用することにして、まずは3日。次は7日、そして10日と継続させて行きたい。とりあえず1日目成功。自分にとっては大きな一歩。

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2016年1月 1日 (金)

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2015年12月25日 (金)

3666993 俺は何をして生きてきたのだろう。産んだら命の保証はできないと言われながらも産んでくれた母。一人息子。大事に大事にされて育ってきた。希望し、期待された大学に入ることはできず中退。両親が望んでいた銀行に入ることもできず、迷いの世界に入り込みながら生きてきたが、それは決して神様に褒められる人生ではなかった。

大手警備会社で営業をしていたが、40代で介護離職。規律の厳しい軍隊のような会社だった。だから俺はキツいし厳しいところがある。怒鳴り怒鳴られ闘ってきた。キレたら怖いとよく言われたものだ。決していいことじゃないけどね。でも…でも…本当は気が弱くて、優しいんだ。だからかな、飲む酒の量も、どんどん増えていった。そしてアルコール依存症で3か月入院。俺がおかしいと気が付いたのも今は亡き母親だった。

4年だったかな…あの世に送るまで難病だった母親の面倒を見た。通院先は群馬大学病院。名医がいた。俺が探したんだ。セカンドオピニオンを利用して走り回って探したんだ。血液内科のM教授。余命3年と告知されているので、骨髄を抜くような検査はしないでくれとお願いした。とても優しい先生だった。感謝している。東京からレンタカーで向かうとdoor-to-doorで片道2時間。毎月のように1日つぶれた。在籍時代、反りの合わない支社長に話をして了承をくれた本社の本部長には感謝する。

母親が亡くなった後、今度は父親が荒れだした。無職で逃げ場のない俺に暴飲、暴言、暴力。これが6年にわたった。そして大量飲酒が原因で多くの病気に罹患し、手術もし、すべて付き添ってきた。今は大腿骨頭壊死で痛みに苦しんでいる父親がいる。

でも思う。親の期待に応えられず、そして親がかりだった時期も含めて迷惑をかけたよ。だから今、それを返してるんだってこと。返させてもらってるんだってこと。母と父は救急車に合わせて10回以上お世話になっている。全部同乗した。真夜中から明け方にかけてが多かった。すべてに感謝しなきゃならないってこと。父親が存命だから生きることができてるんだってこと。そして亡くなった後も父親の財産があるってこと。生きてるうちに罪は打ち消すチャンスはあるってこと。よく読むスピリチュアルサイトに書いてあった。今はその時だろう…挽回のチャンスを神様は与えて下さっているんだ。毎週一度以上は高齢者住宅を訪れ、病院に連れて行き、大量のお菓子や飲み物を買いに行く。俺をアルコール依存にした父親だけど、これは大事に育ててくれたお礼だ。介護離職をし、無職であるからできること。そう考えれば俺の人生も捨てたもんじゃないかなと思う。

23日にルイ・ヴィトンのブラウンダミエ、ポルト ドキュマン・ヴォワヤージュのビジネスバッグ…218.000円買っちゃった。無職の俺がどこへ持っていくんだ(笑)そして彼女が同じヴィトンのキーホルダーもプレゼントしてくれた。Merry Christmas!



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2015年12月23日 (水)

2886858 「先生、自分を許してやらなければならないかなって思うんです」


主治医にそう伝えた。「溺れる人」は主人公が幼いころ、ピアノコンクールで間違えたことがトラウマになっているように感じた。それを見て自分に当てはまることに気が付いたのだ。親の期待に応えられなかったこと。期待する大学に入ることができず、期待する銀行にも入れなかったこと。これらが未だに自分を刺していることを知っている。


うなずきながら「怖すぎる話ね」と言いつつ、先生は体をゾクッとさせた。
「普通はね、期待する人生があっても、子供の成長とともに考えを変えていくものなのね。あそこの大学に入って欲しかったけどとか、あそこの企業に入って欲しかったけど、ちょっと違うみたいだからと思って考えを変えていくのが親なのよ」


「お父様がアルコール依存症だったから考えを変えられなかったのかもしれない。そして自己評価の低い貴方は典型的なアル中さんの息子ね」

俺は自己評価は高いと思っていたが、どうやら低いということがわかった。飲んだり飲まなかったりを繰り返している自分は入院希望を伝えた。根っ子は深い。9年前に入院した時は、まさか俺が…この俺が…何度も入院するとは思っていなかった。でも今は違う。酒に殺されることも覚悟している。

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2015年11月24日 (火)

Kimg0005 車を買った。11月20日に納車となった。BL型レガシィB4。そんなに車なんぞにお金を出す気はなかったが、父親の通院にも車は必要だった。全部込み150万以内でないものかと探していた。年式は落ちていたけど走行距離が26.800km。毎回ディーラーで整備点検を受けていたワンオーナー車。俺が車を買うとこういうことになる(笑)高年式の燃費のいい1500ccクラスじゃ満足できないんだな…。スイフトエアロには興味があったけど、結果的にレガシィに落ち着いた。大きくなってしまった現行型には全く興味はない。2年持てばいい。できれば4年持てればいい。たぶん父親はそこまでは生きていないだろう。そうしたらあっさり手放し、車のない生活に戻るつもりだ。必要な時はレンタカーでいい。

湘南のスバルまで買いに行ったが、カーセンサー認定車だったのが購入の目安となった。実車を見てすぐ決めたが、ヘッドライトが黄ばんでいる…交換8万。フロントグリルが経年劣化している…交換。何か物足りない…あぁ…フロントバンパースカートだ…取り付け5万。エアロもどき(笑)ワイパーがアームから経年劣化している…3本全交換。ドアのゴムが劣化している…前席、後席用交換…5万。フロアマット交換…5万。ナビのデータが古すぎる…書き換え2万。事故のためにドライブレコーダー装着。ETCは着いていた。2年保証には入ったものの、どうなることやら。


俺が車を買うとこうなる。


やっぱり峠はAWDだろ。あおったるわぃ…って違うか。運転の上手いFRの方が速いかな。215/45R17のタイヤがポテンザとなり、太くなる日は近いのかもしれない。安全のためだよ(笑)ボディコーティングもしたし、下回りの防錆処理もした。6万5千円。なんだかんだで車検、税金含めて車両本体プラス50万コースとなった。でも…大事なことを忘れていた。そうだ…こいつが乗るんだった…。一回乗るだけで車の中は毛だらけになる。Kimg00761 で…でも可愛いから許す…許したくないけど許すしかない。君には負けるよ。
でもね、君が乗った後は兄ちゃんとママはお掃除が大変なんだ。そこだけはわかってね。

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2015年11月20日 (金)

見た。何度も繰り返し見た。正直怖かった。これを自分なりに考えてみよう…。親が原因だろうね。過剰に幸せになることだけを願って子育てしてきた親、そしてそれに応えられなかった娘。そして何とか期待に応えようとしてきた娘。


「これが私なの…お母さん…期待に応えられないダメな娘なの」


閉鎖病棟で交わす会話。ぐさっと来た。あぁ…俺だ…。そう思った。何不自由なく育ち、お金で苦労したことは一度もない。銀行に入りたかった。父親がいる銀行に入りたかった。と言うより親がなによりもそれを望んでいた。社宅の友達は何人も入ったと聞いている。大学で失敗した。御茶ノ水しか入れなかったんだ。せめて…せめて…あそこくらいに入っていたら…俺の人生は変わっていたと自分を責めに責めていた。


俺が入りたかった銀行は東京銀行と言う。東大卒は当たり前の外為専門銀行だった。


受験に失敗した俺に親はこう言った。留学したいならさせてやる、大学院に行きたいなら行かせてやる…。でも俺はパチンコに溺れた。酒に溺れた。そして満足できず中退。人生の歯車が大きく狂った瞬間だった。なんてことだ。こんな恵まれた環境にありながらそれを無駄にしている自分が許せない…。そんな思いに苛まれていた。親の期待に応えられない自分を許せなかったのかもしれない。少しづつ、何故に俺がアルコール依存症になっていったかをブログに書いていきながら振り返ってみたいと思う。


でもすごい。ドラマの最後に本人が顔出しをして話をする。これはすごいと思った。

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2015年11月16日 (月)

5003645 どうも行ってしまう。朝8時から開店する居酒屋。20度の一合焼酎にホッピー。2本も飲めば十分なのだが、そういう問題ではない。その店はターミナル駅西口では「アル中の巣窟」として知られている。入店した時は手が震えてる親父も2~3杯飲めば、ピタっと震えが止まる。グラスを手に持ったまま、椅子から転げ落ちるヤツ。若いのに朝から酒を飲み、しきりにお話ししましょうと絡んでくるお兄ちゃん…。そんな奴らが集まる店の半常連となってしまった自分がいる。


俺のプライドはどこへ行ってしまったのか。


居酒屋は嫌いだったはずだ。LANVINのスーツを着て、洒落た店でガレットやバーニャカオダをつまみながらワインやカクテル、マッカランを飲んでいた自分はいない。寄り添ってくれる綺麗でエロい女もいない。会話を楽しみながら口説いていた自分もいない。jazzもなければbossa novaも聞こえてこない。壁には一枚の張り紙がある。そこには「他のお客様にからんだり、大声をあげたりしたら出入り禁止に致します」とある。


俺のプライドはどこへ行ってしまったのか。それでも飲みたいんだ。


朝飲み…俺は堕ちるとこまで堕ちたような気がする。彼女にはちょっとだけ話した。理解を示す彼女の顔を見ると辛い…。「一緒に頑張ってお酒…やめようね」もう胸が締め付けられる思いが交錯する。でも飲んでホッとする感覚に自分の身は絡め取られている。やっぱり入院かな。アルコール依存症で入院してから9年目に入った。でもスリップを繰り返しながらでも、まだ生かされていることに感謝したい。

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2015年11月10日 (火)

5560217 父親は右膝が大腿骨頭壊死と診断された。痛くてたまらないらしい。クリニックの主治医によると酒の大量摂取が原因という。紹介してもらった整形外科ではリハビリを始めましょうということになった。…が、週に2回という。そして診察が1回の計3回。とてもじゃないが、付き添うのには無理がある。

1時間かけて高齢者住宅に行き、準備をさせてタクシーを呼ぶ。乗せてから車椅子をトランクにしまい、移動。着いたらその逆をしなければならない。待合室にいると必ずトイレに行きたいと言う。今まで2回付き添ったが3時間はかかる。そして高齢者住宅に帰ってきたら買い物が待っている。アイスクリームが欲しい、ボディソープが欲しい、ペットボトル飲料が欲しい…。近くのドラッグストアに買いに行かなければならない。これで半日はつぶれる。ヘルパーに通院介助を頼んでくれと言うのだが、高いからイヤだと言う。

浴びるように酒を飲んだ挙句、暴言、暴力を振るった結果がこれだ。本人はもう死にたいと言う。でも酒は簡単には死なせてくれない。母親が亡くなってからの6年半、膵炎、眼窩内腫瘍、胃がん、悪性リンパ腫とすべての入院に付き添ってきた。高齢者住宅が終の棲家となるのだろうが、簡単にはいかなかった。まだまだ手がかかる。俺は自分の人生を犠牲にしてまで親の面倒を見ている。しかもスリップしたおかげで自分の左膝にも違和感を感じている。ひょっとすると同じ病気かもしれない。主治医は言う。「お酒で死んだらダメよ」彼女も言う。「お酒で死なないでね」

でも思う。俺は長生きはできないだろう。もうアル症と闘うのに疲れた自分がいる。

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2015年10月31日 (土)

4355971 今日も高齢者住宅に行ってきた。8月5日に入居させてわずか2か月で、父親は車椅子の生活となった。不自由だろう。腰が痛いと訴え、足がむくんで腫れている。そして夜は眠ることができないという。何度も病院に連れて行った。来週の月曜は整形外科でMRIを撮ることになっている。

整形外科に行くにあたり、クリニックの主治医に紹介状を書いてもらったのをチラ見した。そこには「アルコール依存症」「肝硬変」と書かれていた。あれだけ狂ったように荒れて飲めば肝硬変にもなるだろう。しかし、ポロっと言う…「ちょっとお酒買ってきて飲ませてくれないか」足も腰の痛みも酒が原因と睨んでいるし、病院でも可能性はありますね、と言われているので突っぱねた。「痛みが取れたら飲ませてあげるから、今は我慢しようね」と言うのがやっとだった。

飲み物がなくなった…病院に連れて行ってほしい…着替えを持ってきてほしい…などで頻繁に高齢者住宅を訪れている。「またかよ」と思っていたが、ふと気が付いた。父親はことあるごとに「お前のおかげだ」と言うようになった。これは「させてもらってるってことなんだな」ってね。そう、させてもらってありがとうなんだって思った。別居をしているが、唯一の肉親…いつまで生きていてくれるかわからない。感謝の念をもって暖かく父親に接して行こうと思う。

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